【震度7の町】避難所を手伝いながら取材… 被災したディレクターが見つめた高齢者7割の地区 避難所での1週間 『every.特集』

【震度7の町】避難所を手伝いながら取材… 被災したディレクターが見つめた高齢者7割の地区  避難所での1週間 『every.特集』

石川県志賀町に帰省していたnews every.のディレクターが能登半島地震で被災。自らも被災者として避難所を手伝いながら、撮影した震度7の町の1週間の記録。

元日に襲った大きな揺れに、着の身着のまま外に飛び出すと大津波警報が。

家族とともに高台に避難したあとも津波警報はなかなか解除されず、そのまま高台で一晩過ごした。

2日目の朝、実家に戻ると、ぼう然と立ちすくむ両親。津波の被害はなかったものの塀が倒壊していた。家の中は棚やたんすが倒れ、めちゃくちゃに。またいつ大きな地震が来るかもしれず、この日は車中泊することに。幸い電気は通っていたため、実家の台所でお湯を沸かそうとするが、また大きな揺れが…。余震におびえながら作ったカップ麺は、地震発生から27時間後、初めて口にした食事だった。

3日目、山梨からボランティアで給水車が来ていると知り避難所に向かう。避難所には260人の住民がいたが、初日からは減ったという。避難所を取り仕切っていたのは、地区長の小橋さん。小学校時代の先生だ。小橋さんによると「救援物資はひとつも来とらん…非常食はもうこれだけしかない」

この時、避難所の様子を伝えるべきだと思いながらもカメラを回すことを躊躇していた。そんな気持ちを察したのか、地区長の妻の美作子さんが声をかけてくれた。「気が引けるんでしょ。そんなこと思わんでもいいのよ。今が大事。ほら今、撮って」この日から、被災した実家の片付けをしながら取材を始めた。

住民みんなが材料を持ち寄ってつくっていたあたたかい食事に近所のおばあちゃんは…「今日はお肉さ、入れてくれて。おいしい」と笑顔を見せた。ただ、おばあちゃんは避難所でお世話になることを「申し訳ない」と話していた。

4日目からは、炊き出しなどに参加しながら撮影することに。避難所を訪れた志賀町の稲岡町長のもとに住民が集まる。気になるのはライフラインの復旧だ。断水がいつまで続くのか、という住民の声に町長は「ひと月ともふた月とも言えない」と話した。住民は落胆の色が隠せない。

避難所には最低限の飲み水は確保されているものの、手を洗うための生活用水がなかった。地区長の妻、美作子さんは感染症、新型コロナウイルスとインフルエンザが心配だと話していた。「ここでなったら終わりだから。隔離できないし、みんなかかるしかない。絶対に死守しないと」避難所では井戸水を分けあってしのいでいたがトイレの後も十分に手が洗えず、消毒液も不足、不安な日々が続いていた。

一方、みんなが生活しているフロアでは、マイクをもった住民がみんなに手足を動かす体操やストレッチをするよう呼びかけていた。“避難生活での運動不足解消になるから”と被災した住民同士が話し合って始めたものだ。また、地区の行事などでよく顔を合わせるなど、日頃から交流があることもあって…「なんでこんなおいしいにおいするが?」「なんでって、おいしくしたもんねえ」などと笑い合うやりとりも。気分が落ち込まないようにあえて明るくふるまっているようにも見えた。

4日目を過ぎると、救援物資、特に食べるものに関しては少しずつ充実。市販のおにぎりを準備していると「海苔(のり)は外す」「喉の奥にぴたっとくっつく」と促された。看護師の経験がある地区長の妻、美作子さんから「高齢者はのりで喉をつまらせることがある」と注意喚起をされた。この西浦地区は、高齢者の割合が約7割と志賀町の中でもっとも高く食事に関しても注意が必要だ。被災者によっては、そのままでは食べられないものもあるということを初めて知ることに。

5日目。被災者同士で支え合っていた避難所に、少し疲れが見えるように。「いっぱいいっぱいだけど、明るくするしかない」「笑うしかない」「受け止めなきゃいけない」と声を掛けあっていた。そんな中でも…「さっきね、虹が見えてた。二重になってね。頑張れって言っとるんかなと思って写真撮った」こうしたちょっとした幸せをみんなで共有することで、明るさを保っていた。

6日目。避難所の住民に聞いた情報をもとに2時間以上かけて家族で金沢にあるスーパー銭湯へ。志賀町から50キロほど離れた金沢市には、日常生活が戻っているようにも見えた。スーパー銭湯には震災後、被災者も多く訪れているという。5日ぶりのお風呂に母は「お湯をかぶれるって、こんな幸せなんやなって思った」と話した。

7日目。おにぎりやカップ麺だけでなく、果物も提供されるようになった避難所。身を寄せる住民は62人に。自宅に戻ったり、被害の少ない地域の家族に身を寄せたりする人も多くなったためか、初日の5分の1ほどになっていた。この状況を見て、東京に戻ることを決めた。別れを告げると住民からは「お気を付けて元気で頑張ってね」とリンゴを手渡してくれた。温かく送り出してくれた地区の人たち。困難な時もお互いを思いやり、助け合う大切さを教えてくれた。

避難所の1週間は、その思いやりの心で成り立っていたのだと感じた。
(2024年1月12日放送「news every.」より)

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2024年1月23日 コミュニティ投稿

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