2022年、ウクライナから大分県別府市に避難してきたコロレンコ・オレーナさん35歳。避難生活が続く中、「多発性硬化症」という難病を再発し闘病生活を送っています。ウクライナで約10年間ファッションモデルなどとして活躍していたオレーナさんは、日本でもモデルの仕事に挑戦。病気と向き合いながら新たな挑戦を続ける女性を取材しました。
避難生活2か月目、ある症状が…
2022年5月、コロレンコ・オレーナさんは夫と娘と共にウクライナのへルソン市から別府市に避難してきました。
ーーコロレンコ・オレーナさん
「爆撃による不安が続き、食べるものもなくミサイルが窓の近くに落ちるかどうかも分からず不安でしかたなかった。そして、家を出る決心をした」
別府で始まった新しい日々。
しかし、避難生活2か月目、ある症状が彼女を襲いました。
ーーコロレンコ・オレーナさん
「ひどい頭痛に頻繁に悩まされ、視力も落ちた」
検査の結果は日本で難病に指定されている「多発性硬化症」でした。
オレーナさんは約10年前、ウクライナにいた時にこの難病を発症。
今回、再発が確認されました。
ーーコロレンコ・オレーナさん
「私は再発すると思っていなかった。母親も同じ病気で、病気や症状を知っていたので、この病気を受け入れるのはとても辛かった」
「多発性硬化症」と向き合う
再発して以降、別府市内の病院に通い治療をしてきましたが、ことし5月、左目に異常が見られ緊急入院することに。
症状を抑えるためステロイド剤を点滴する入院生活が始まりました。
こうした医療費を含む生活費は当初、市に寄せられた寄付金で賄われていましたが、現在は日本財団が支援しています。
ーー別府医療センター脳神経内科 竹内創医師
「多発性硬化症というのは脳やせき髄といった中枢神経に自分の免疫が何らかの作用をして傷害を受ける炎症性の病気という風に言われている。オレーナさんの場合は視力の低下、物の見えにくさと記憶ができない覚えにくいといった症状がある」
2017年に行われた調査では、多発性硬化症の患者は日本国内に約1万8000人いると推定されていて、現時点では治療法が確立しておらず完全に治すことはできないと言われています。
この日、オレーナさんは目の動きや体のバランス感覚が正常か診察を受けていました。
視力も改善し経過は良好、特に異常はありませんでした。
そして翌日、約2週間の入院生活を終え退院することに。
現在は、月に1度通院しながら再発していないかなどを確認しています。
ーーコロレンコ・オレーナさん
「先生は話をよく聞いてくれるし、今後どうしたら自分がよく生きていけるかということを指南してくれるのでとても嬉しく思っている」
ウクライナでモデルとして活躍、大分でも
7月、オレーナさんは大分市の公民館を訪れました。
実はオレーナさん、ウクライナで約10年間ファッションモデルなどとして活躍していて、今回デッサン教室のモデルに挑戦することに。
ーーコロレンコ・オレーナさん
「ウクライナでモデルをしていたから、家にずっといるよりモデルの声がかかってさせてもらうのは先生に感謝している。生活の中で刺激になるし嫌なことも忘れられる。感謝で一杯」
教室にはウクライナからの避難者を支援しているNPO法人の小野一馬さんの姿も。
ウクライナの状況や避難者の生活などについて教室の生徒に説明していました。
ーーNPO法人 小野一馬さん
「彼女は引き寄せの法則じゃないけど日本に来れてよかった。しかも、別府市で医療に明るい支援者がいてよかった。我々もちゃんと支援できてるからよかった」
この日、オレーナさんはポーズを変えながら約1時間のモデルの仕事をやり遂げました。
デッサン教室の生徒は「1日も早く戦争が終わってほしいという思いで一杯。だから普通にモデルを描いているわけじゃなく、願いを込めて描かないとと思う」と話していました。
ーーコロレンコ・オレーナさん
「私は日本の方々に、命と健康にどれだけ感謝すべきかを伝えたいと心から思う。世界中の人々が自分の人生と一瞬一瞬を大切にしてほしいと願っている。それが最も重要なことだから」
オレーナさんは車の免許をとるなど難病と闘いながら精力的に活動しています。異国で生活する避難者たちに対して、私たちには引き続き暖かい支援が求められます。