『「ロシア人は家に帰れ」。でも私に帰る家はありません』
ロシアの隣国ジョージア(グルジア)の首都・トビリシ。観光客でにぎわう旧市街の一角で、ロシア人のナターシャさん(24)は表情を曇らせた。
ロシアがウクライナに侵攻を始めてから、1年5カ月。祖国を捨てた多くのロシア人が流入したジョージアでは、今、反ロシア感情が最高潮に達している。現地取材から見えたのは、さまよい続ける若者たちの苦悩だった。 (7月29日放送 「サタデーステーション」より)
■街中にあふれる“拒絶”『ロシア人お断り』
6月中旬。サタデーステーションの取材スタッフが向かったのは、ロシアの隣国・ジョージア。ソ連崩壊により、1991年に独立を果たした国だ。首都トビリシの、旧市街と現代の建築物が共存する美しい街を歩いていると、取材スタッフの目にあるメッセージが飛び込んできた。
『RUZZKI NOT WELCOME』…その意味は、『ロシア人お断り』。
真っ白な建物の外壁に、真っ赤な文字で、そう書き殴られていた。
実はいま、ジョージア国内で最高潮に達しているのが「反ロシア感情」だ。『ロシア製品は買うな!!!』 『ロシアはテロ国家!』…こうしたメッセージは、バス停や地下道、アパートや飲食店の外壁などに、文字通り“所構わず”書かれている。
矛先が向けられているのは、流入し続けるロシア人だ。ウクライナ侵攻後、人口わずか370万人のジョージアに、140万人以上のロシア人がやってきた(去年3月~12月/一時滞在を含む)。
その中の一人がナターシャさん、24歳だ。
『どうも、ナターシャです。若者はなぜロシア政府が嫌いか?それは、危険で嘘つきだからです』(YouTube動画より)
ユーチューバーとして活動する中でロシア政府を批判してきた。侵攻開始以降、ロシア国内で言論弾圧が強まるなか、「逮捕されるのではないか」という恐怖から、去年9月、家族をロシアに残し、ジョージアへと逃げ込んだ。しかし、そこで待っていたのは、自分たちロシア人を拒絶するジョージアの本音だった。
取材中に通りかかった旧市街の中心地にも、『RUZZK GO HOME(ロシア人は家に帰れ)』の文字があった。
『「ロシア人は家に帰れ」。でも私に帰る家はありません。ロシア人がビザ無しで行ける国は、ジョージア以外、ほとんど無いんです』
ナターシャさんはメッセージを指差し、そう嘆いた。
■『ロシア政府に反対 社会に示す』 積極的に情報発信
そんなジョージア国内で、ナターシャさんが今、尽力していることがある。戦禍のウクライナから来た避難民への支援活動だ。ロシア人の友人とスーパーを訪れ、ロシア製の商品を避けながら、オムツやパスタ、シャンプーなど、総額1万円ほどを購入すると、ウクライナ避難民のための支援施設に持ち込んだ。ナターシャさんは、ジョージアに来てから、ここに何度も物資を寄付している。
支援施設を訪れるウクライナ避難民の多くは、住んでいた土地をロシア軍に占領されたウクライナ南東部出身の人たちで、ナターシャさんは、『避難してきた方たちに会うと私の国がやったことに対し、本当に申し訳ない気持ちになります』と話す。
物資の寄付だけでなく、ナターシャさんは、情報発信にも力を入れている。ナターシャさんが番組スタッフに見せてくれたのは、自身のユーチューブのチャンネルだ。積極的に発信しているのは、ジョージアでウクライナ避難民を支援するロシア人や、ジョージアで反戦デモを行うロシア人たちの活動。
ナターシャさんは、『本当に重要なのは、私たちロシア人が、ロシア政府に反対していることをジョージア社会に示すことだと考えています』と力を込める。
■国民の69%「悪影響を及ぼす」 背景に15年前の侵攻も
しかしそれでも、ジョージア国民のロシア人に対する警戒心は消えない。ロシア人の流入について街で尋ねると、厳しい意見がジョージア国民から相次いだ。
『善良なロシア人でもジョージアへの移住そのものが、問題を引き起こすことを理解すべきです』(バー経営者)
『プーチンとロシア政府は「多くのロシア人がジョージアにいる」という事実を、自分たちの利益のために使おうとする可能性が高いと思います』(大学生・24歳)
その原因は、15年前に起きた、ロシアによるジョージアへの軍事侵攻だ。国土のおよそ2割が、今なお、ロシアによって占領され続けている。この侵攻を指揮したとされる人物。それは、当時、首相だったプーチン大統領。現在のウクライナ侵攻の口実は、ウクライナにいる、“ロシア人”の保護だった。そのため、今年2月に行われたジョージアの世論調査では、ロシア人の流入に対し、69%の国民が「悪影響を及ぼす」と回答している。
独自のロシア人対策を取っているバーもある。首都トビリシにある『Dedaena Bar』では、プーチン大統領に賛成したり、ロシア語で話そうとする客の入店を拒否。取材スタッフを笑顔で出迎えてくれたジョージア人のオーナーだが、ロシア人の流入に対する受け止めを聞くと、途端、厳しい顔つきになった。
『ジョージアにいるロシア人は全員兵士と同じです。ロシアが残りの領土も欲しがっているのは明らかです』
こうした中、ロシア人の流入に拍車をかけるような動きが。今年5月から、ジョージアとロシアを結ぶ直行便が4年ぶりに再開したのだ。これを提案したのはプーチン大統領だったという。
これに対し、ジョージア国民は、『ジョージア政府は恐れていると思います。「プーチン大統領に従わなければ、ロシアはまたジョージアに戦争を仕掛けてくる」と思っているんです。何とか生き残るためにジョージア政府は戦っているようですが、国民はロシア人が移り住んでくることには、とにかく反対です』(大学生・20歳)と憤る。
反ロシア感情が最高潮に達したジョージア。孤独と生活苦に耐えながら、夢を追うロシア人の青年もいた。
■『母はプロパガンダに…』 徴兵拒否し、渡米志すロシア人の青年
取材スタッフを自宅に迎え入れてくれたのは、ロシア人のザックさん、21歳。部屋の中には、ウクライナ国旗が掲げられていた。侵攻が始まった当日、モスクワで反戦の声を上げたザックさん。
大学を辞めて、去年3月、ひとりジョージアへと逃れると、ロシアで徴兵される際に必要な証明書を焼き捨て、祖国を捨てる覚悟を固めた。
『母は「戻って来い」と言いますが、その危険性がわかっていません。ブチャのような戦争犯罪が起きるたびに、母は「アメリカがやった、ロシアじゃない」言うので本当に辛かった』
しかし、生活に余裕はない。現在、ザックさんは、オンライン授業でロシア語を教えるなどして、月に14万円ほどの収入を得ているというが、『収入の半分が家賃に消えます。頭の痛い問題です』と打ち明ける。
ジョージアでは物価が高騰しており、平均家賃は侵攻前の約2.3倍になっている。しかしこれも、ロシア人の急増が原因だ。ザックさんは自炊で節約しながら、アメリカの大学で学ぶことを夢見ているという。
■さまようロシアの若者 探し続ける「安住の地」
ロシアの隣国ジョージアで出会った、2人の若きロシア人たち。母国以外の居場所を求め、さまよい続けている。ウクライナ避難民のための支援活動に取り組むロシア人のナターシャさんは、「自身のこれからをどう考えているのか」という問いに、こう答えた。
『次の行き先のことを考えると、不安です。怯えることなく、自由な表現ができ、自分の人生を歩むことができる、そんな国に住みたいです』
【取材後記】
忘れられないナターシャさんの言葉があります。『私は、ロシア人であるがゆえの責任に向き合わなければならないんです』。生まれ育ってしまった場所のために、若い2人が背負わされた苦悩を思うと、胸が抉られる気持ちになりますが、今この瞬間にも、ウクライナでは、夢や安らぎばかりか、罪のない人々の命までもが奪われ続けています。この絶望的な侵攻が、一刻もはやく終わることを切に願います。(取材ディレクター 青山ななみ・萩原誠悟)
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