いま中国が豊富な資金で世界中から優秀な研究者を呼び寄せています。実際に研究の場を日本から中国に移した人たちに話を聞くことができました。さらに意外なジャンルにも中国からのオファーが。
■「アカウント作成で数万円」中国からのメール
げんさん(YouTuber)
「こんにちはー。げんさんです。ガルーです。今日は京都にある南禅寺というお寺に来ています」
フクロウのガルー(6才・オス)との日常を撮影し、SNSで発信しているげんさん。いわゆるYouTuberです。
げんさん(YouTuber)
「一番多い再生回数で3000万再生ぐらい」
すれ違う人たちはことごとく足を止め、カメラを向けます。そんなげんさんに数年前から、あるメールが頻繁に届くようになったといいます。
げんさん(YouTuber)
「これがそうですね」
メール
『私たちは海外の質の高いYouTuberを探し、中国市場に導入しています』
げんさん(YouTuber)
「動画や写真を中国国内で配信しませんか、というオファーのメールになります」
メールは、中国の企業に所属し、中国の動画サイトなどに投稿することで報酬が得られる仕組みを提案するものです。中には、アカウントを作成するだけで数万円が支払われるという内容もあったといいます。中国のユーザーに動画を不正使用された経験からオファーを断ったといいますが・・・。
げんさん(YouTuber)
「アメリカとかカナダの企業からもオファーをいただくことがあるんですけれども、中国側からのオファーの方が魅力的ですね。ちょっと悩みました。経済的というか、社会的にも中国って勢いがあると感じているので、メディアの分野でも勢いがあるのかなと感じています」
オファーの背後に見えるのは14億の人口と経済力。一方で、中国での活動に魅力を感じているのは、YouTuberだけではありません。
■日本の大学より充実した研究環境
深セン大学 上田多門(うえだ・たもん)教授(67)
「日本の主要大学でこのぐらいの設備を持っているところはまずないですね」
2年前から中国の深セン大学でコンクリート工学などを研究している上田多門教授。北海道大学名誉教授であり、日本の土木学会の次期会長に内定している重鎮です。中国に渡った理由の一つが、日本の大学よりも充実した研究環境だといいます。
上田多門教授
「これ(材料の表面を3次元的に測定できる装置)は私が来てから購入した機械で、北海道大学にいた時も買いたかったのですが、高すぎて買えなかったんですね。800万円ぐらいする」
背景には、科学技術力の強化を掲げる習近平指導部のもと右肩上がりとなっている研究開発予算があります。2019年の中国の研究開発費は54.4兆円と20年前の10倍以上に急増。アメリカ(67.9兆円)に迫る勢いです。一方の日本は15兆円付近を推移し続けています。(2019年は17.9兆円・OECD推計)
豊富な資金をバックに、中国の大学は環境を整え、世界中から優秀な研究者を呼び寄せているのです。
■“売国奴”“スパイ”ネット上の批判
「光触媒」の研究でノーベル化学賞候補として名前があがる藤嶋昭(ふじしま・あきら)東京理科大学元学長も上海理工大学へ移籍しました。これに対し、ネット上では中国に拠点を移す研究者の動きを「頭脳流出」「軍事研究につながる」などと批判する声が高まっているのです。
こうした批判について、中国に渡った深セン大学の上田教授は。
「決して中国のためにやっているというよりは、中国と一緒にやって日本では持っていない技術、日本ではできないことができる。それは振り返ってみれば私を通して日本にも還元できると思います」
批判を直接受けた日本人研究者が中国の雲南省にいます。
雲南大学 島袋隼士(しまぶくろ・はやと)助教(34)
「バッシングというか“売国奴”とか“スパイ”だという批判を受けたりしました」
雲南大学で2年前から天文学の研究をしている島袋隼士さんは、こう反論します。
「私みたいな天文学、あるいは物理学みたいな基礎科学はある程度軍事研究とは距離を置いています。論文という形で世界に情報を発信しているので、どこで研究するかということはさして重要ではなくて、技術流出は基礎科学の分野に限定するとなかなか起きづらいのではないか」
専門分野が日本ではあまり盛んではないことから、海外の大学での研究ポストを探してきたといいます。
島袋隼士助教
「中国だと、いま現在大学教員のポストがどんどん増えていて、とりわけ天文学は今後力を入れていく分野の1つ。日本よりもチャンスがある」
給料は日本と変わりない額ですが、研究費は3年で1700万円だといいます。
島袋隼士助教
「日本と比べると破格の待遇だと思います。研究費が潤沢なところに行くのは研究者の一つの選択肢としてはアリかなと思っています。やはり生まれ育った日本でこの後研究したいというのもあるので、日本に戻るチャンスがあれば戻りたいなと思ってるんですけど、現状日本の大学の研究職のポストはなかなか厳しい状況なので、これが今後、将来どうなっていくかわからないかなという感じはしています」
■スタジオ解説 日本の研究力の現状
国山ハセンキャスター:
では日本の研究力の現状はどうなっているのか、「引用数の多い学術論文の数」で比較してみます。1996年~1998年、1位はアメリカ、日本は4位に位置していました。中国は13位だったんですよね。そこから10年後の2006年~2008年、日本と中国が逆転します。中国が4位に上がり、日本は7位。またそこから10年後(2016年~2018年)、中国は2位、日本はさらに順位を下げて11位ということで差が広がった形です。
なぜかというと一つは資金力です。文部科学省も日本の大学の研究資金は乏しいと言います。どうやって十分な研究体制を維持していくのかが重要で、今回の選挙でも争点になっていました。岸田総理は「10兆円の大学ファンド」を実現し、世界最高水準の研究大学を形成するということを掲げていました。この「大学ファンド」とはどういうものかといいますと、国と民間でお金を出し合って、大学ファンドでそのお金を運用します。運用益をそれぞれの大学に分配して研究費に充てるというものなんですね。これまでも研究のための運用というのは、東京大学など一部の大学で行われてはいたんですけれども、10兆円という大規模な国主導の大学ファンドというのは初めてということです。
小川彩佳キャスター:
運用ですからね、リスクも伴うわけですけれども。ただノーベル賞を日本人の方が受賞するたびに、日本の研究環境については危機感が示されてきましたよね。山中伸弥さんだったり本庶佑さんだったり。やはりこうした形が一つ示されたわけですから、これは本当に機能してほしいと期待したいですね。(03日23:30)