モスクワで行われた“対ドイツ戦勝記念式典”で、プーチン大統領が演説。約11分間に渡って行われました。
プーチン大統領は、ウクライナの侵攻について「ドンバスのロシア軍や民兵は祖国の将来のため、ナチスの場所をなくすために戦っている」「去年12月に安全保障システムを築くことを提案したが、NATOは聞き入れなかった」と述べました。また「我が国の軍隊とドンバス民兵へ。あなた方は祖国とその未来のために戦っている。ロシアのために正義の戦いで、勇者の死を遂げた戦友に頭を下げる」と述べました。
ロシア情勢に詳しい防衛省防衛研究所の兵頭慎治さん、軍事アナリストの小泉悠さんに聞きます。
(Q.演説を聞いて、どのような印象を受けましたか)
兵頭慎治さん:勝利宣言、戦争宣言、核使用示唆する発言がまったくありませんでした。中身は、軍事侵攻の正当化、国民への理解、欧米への批判に終始するものでした。これまで語ってきた内容と差がないと思います。気になったのは、ロシアの言う特別軍事作戦での犠牲者に対する哀悼の意を表明しています。いずれ、ウクライナ侵攻の犠牲の実態が、ロシア国内で徐々に明らかになってくるだろうという認識のもと、ロシア国内で高まるかもしれない反戦的なムードを打ち消すために、闘っている兵士に対して感謝の意を示す。国内世論に配慮するような部分もあったと思います。
小泉悠さん:全体的に同じようなことを言っている感じがしました。戦争が始まったときも、いまも同じようなことを言っている。ということは、プーチン大統領が戦争当初に掲げた目標を、まだ取り下げていないのではないかという印象です。「ゼレンスキ―政権はナチスだから倒さなければいけない」ウクライナの主権そのものを否定するようなものです。「ドンバスは取り返さなければいけない」ドンバスとクリミアは我々の歴史的な土地だという言い方をしていて、同じようなことを言っています。だから、なかなかやめそうにない印象です。だから、いま出ている戦死者や負傷者を放っておくわけにはいかないので、「哀悼の意を表する」と言うし、大統領令で「戦死した家族のための保障をやっている」と言う。それは、戦争をやめないための下準備ではないかという印象を受けました。
今回の戦勝記念日は例年と違う点がいくつかありました。軍事パレードは、例年に比べて小規模でした。また、通称“終末の日の飛行機”と呼ばれる『イリューシン80』、核戦争が起きた場合、大統領が乗って指揮をとる航空機がリハーサルでは飛んでいたものの、悪天候を理由に飛行しませんでした。プーチン大統領の演説では、ウクライナ侵攻に対しての「勝利宣言」や、イギリス国防相が指摘していた「戦争宣言」はありませんした。“核戦争”をちらつかせる様な発言もありませんでした。
(Q.核戦争を見据えた飛行機が飛ばなかったことをどう見ますか)
兵頭慎治さん:上空、悪天候のように見えなかったので、不自然な感じはしました。しかし、実際のところはわかりません。ただ、もし、核戦争、核使用を政治的におわせる意図があるのであれば、飛ばしたと思いますので、あえて飛ばなかったということに何か政治的な意図があるかどうかという観測は出てくると思います。仮に、政治的意図があったら、核戦争を示唆するような言動をプーチン大統領は強めに出してきていたので、政治的配慮があったのかもしれません。
(Q.勝利宣言、戦争宣言をしなかったプーチン大統領の狙いは、どこにあるのでしょうか)
小泉悠さん:勝利宣言をできる材料がないということです。むしろ、一部のところではロシア軍が、相当、後退しているらしいので、軍事的に勝っていると国民に言える状況ではないということだと思います。いまは、戦争ではなく特別軍事作戦と言っていますので、本格的に「戦争です」「国民を動員する」など言っていないので、「これまで通りやる」と。もし、社会も戦時モードにして、男性をみんな送りますと言ったら、戦争に勝てるかもしれませんが、国民からは不人気。そういう風にはなってほしくないでしょうね。今回は、あくまでも国民には負担がないままで、この戦争を続けて勝てるということにしたと思います。
ここにきて、ウクライナ軍が制圧された地域を奪還する動きもあります。キーウに続いて、ハルキウも奪還しました。一方、ロシア軍は、ハルキウ周辺の橋を破壊して、ウクライナの進軍を妨害する動きもあります。
(Q.ロシア軍が攻めから守りに入ったような動きに見えますが、どうでしょうか)
小泉悠さん:そう見えます。ロシアは、第二次世界大戦のときのソ連の栄光を再現したかったと思います。しかし、結果的にドイツ側の役割をやっていると思います。無理な戦争を始めた挙句、大反撃を食らっている。やっていることが真逆。本来、いまごろ、華々しい勝利を祝っているはずだったのに、大都市もとれないし、ドンバスの戦場でも勝てない。何と言っていいのかわからない戦勝記念日だったのかなと思います。このままロシア軍の大規模な動員なしで、ウクライナ軍と対峙し続けると、これから西側から送られてくるものが線状に入って来るので、さらに苦しくなってくるというのは目に見えています。あんまり大きな花火があげられなかった。そうなると、この先、どうするのだろうか。核を使うのではないかという懸念も出てくると思います。
兵頭慎治さん:今回の演説で、プーチン大統領の苦悩が感じ取れました。このままだと、ロシアにとってどんどん戦況は悪化していく。しかし、国内の世論を気にして国家総動員には踏み切れない。さらに、欧米諸国から支援が前線に届いていく。ウクライナの見立てでは、6月中旬くらいにはそろうと。そこから反転攻勢に出られると予測を立てています。戦闘が長期化すればするほど、プーチン大統領のジレンマはどんどん深まっていく可能性がありますので、次、何を打ち出すのか。9日は、明確なメッセージを出なかったが、このままだと中途半端な状況に置かれますので、このあと、何を打ち出すのか注目したいです。
プーチン大統領は、演説の中で、西側との対立構図についても言及。アメリカに対して、「ソ連崩壊後、自国の優位性を常に主張してきた」「全世界だけでなく、衛星国にも屈辱を与えた。しかし、私たちロシアは異なる性質を持っている」と述べました。
(Q.諸外国へのメッセージをどう見ますか)
兵頭慎治さん:今回の演説で、NATO、欧米批判に踏み込んだのは、これまでありませんでした。ロシア国内向けには、ウクライナとの戦いというよりも、背後にいる欧米との闘いである。それを前面に押し出そうと。それによってロシア国内の軍事侵攻に対する支持を獲得していこうという狙いもあると思います。
小泉悠さん:アメリカ中心の国際秩序を書き換えて、もう一回、ロシアが大国の座に戻ってこようとしているが、実際、軍事的にうまくいっていない。経済、イデオロギーでもダメ。軍事力だけは強かったはずなので、その軍事力でも上手くいっていない。その空回り感を強く感じました。
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp